たとえばの話




もしも。


俺が不二より3年後に生まれていて、中学でも高校でも一緒にはならなくて、すれ違ってばっかりだったとしたら。


そしたら、こんな風に誰かを想うことはしなかっただろう。
そしたら、こんな想いにはならずにいたんだろう。
『極普通』と言われる恋をして、『極普通』と言われる生活を送って、それなりに楽しく満足した生活環境の中で、それなりに頑張って生きていたんだろう。

でも、俺たちは出逢った。
まるで運命の様に。それが必然の様に。
惹かれ合って、想い合って、抱き締め合って。
そして、こうして今を一緒に歩いている。
それが嬉しい。
なによりも嬉しい。








もしも。


僕が英二と違う国に生まれて。
肌の色も祈る神も、喋る言葉も全く違う人種だったとしたら。


いろいろなラインに阻まれて、意思の疎通が難しくて。
偏見や生活習慣の違いから、沢山喧嘩して。

それでも僕たちは寄り添うだろう。
何もかもを乗り越え、一緒に居られる努力を怠らず、そうやって手を繋いでいくだろう。
それが僕らには当たり前の事だから。
それが僕らの道なのだから。
同じ道を歩く事が、とても幸せだから。













「ねぇ、英二」

穏やかな午後。日差しが柔らかく室内を照らしている。
明日までに提出の社会のグループワーク、その為の資料を捜しに来ていた図書室は僕ら二人の貸し切り状態で、時折野球部のバットが奏でる金属音と遠い漣みたいなザワメキだけが心地よく聞こえていた。
「何?、不二」
同じテーマを選んで二人で組んだグループワーク。テニス部で忙しくしていたし、スケジュール的に他の人が入る事は無理だろうとクラスメイトには遠慮してもらった。お陰でこうしてふたりきりでゆったりとした時間が持てる。僕は英二と過ごす、こうした時間がとても好きだった。
真剣な英二の、いつもは見られない横顔が好きだから。
なのに、その目がこちらを向いていないだけで少しだけ不安になる。
見つめているのは自分だけではないのかと。
今も英二は厚い本のページを捲って、いつになく真剣に資料となりそうな文献を捜していた。
「英二は、この話、どう思う?」
だから、何となく。本当に何となく、手の中にあった面白そうな話を話題にして英二を振り向かせたかった、それだけで声を掛けた。
「ん?……ああ、これ?」
顔を挙げた英二に指し示したのは、1つの仮説。
「有名だよね、これ」
英二はニンマリ笑って、僕の手から本を取った。古びた本独特の匂いが、図書室独特の匂いとともに鼻をくすぐる。
「源義経チンギスハーン説だろ?うん、面白いよね。不二、こういうの好きだっけ?」
「ちょっとだけ興味があるな。ほら……、義経は、平家滅亡後に愛する人と京都で再開する事を約束して、弁慶とともに逃げるんだよね。けれど、追われて遂には叶わない。そして、モンゴルに渡り、チンギスハーンと名を変えてまたも活躍する」
「だいぶ嘘くさいけどね」
「うん、そうだね」
ぱたんと英二の手の中で本は閉じられた。そして、元有る位置へと収められる。
「どう思う?」
英二の視線がまた分厚い本へと帰る前に話題を続ける。
源義経もチンギスハーンも本当はどうでも良い。英二と何かしらのディスカッションをしたかっただけ。
「どう…?って、ねぇ……」
う〜ん、と腕を組んで考える仕草の英二、その姿を黙って見つめる。
「もし……、本当に源義経がチンギスハーンだったら、……帰ってきたかっただろうね」
しばらく考え込む様子を見せた英二は、真剣な表情をふと緩め。ゆっくりと言葉を紡いだ。
その答えは、いつもの英二からは聞かれそうに無かったもの。僕の想像していた英二からの答えとは天と地程の差の有るこたえ。だから、何だか苦しかった。
まるで知らない人と話しているようで……。
「……じゃあ、さ。……たとえば、義経みたいに愛する人と別れなきゃならなくて、再会の約束も果たせない遠い所にいかなきゃならなくなったなら、僕らはどうするんだろうね?」
それを言った一瞬後、英二が眉根に皺を寄せ。それからすぐに、悲痛と言うがしっくりするような表情になった。その瞬間に僕の胸は酷く痛んで、その質問が大失敗だった事を知る。
「……たとえでも、そんな話するなよ!」
「英二」
「そういうの、すっげぇヤだ。別れるとか、死ぬとか、俺たちに当てはめるのは止めろよな!そうじゃない、もっと前を見て考えよう。同じ例え話なら、不二がテニスしてなかったら、とか、俺が氷帝に通ってたら、とか、そっちのほうがまだイイよ」
「……英二……」
「……再会の約束も出来ない場所なんて………、いくなよ?」
「……ごめん」
小さく謝ったと同時に英二の腕が伸び、強い力で抱き寄せられた。
本棚に肩がぶつかり、バサバサと音をたてて手にした数冊の本が落ちる。舞った埃が英二を透かして夕日にキラキラと煌めいてみえた。
「……英二、ごめん」
腕を廻し、キュッとその身体を抱き締め返す。俯いた英二から囁く声が聞こえた。




「もっと、未来の たとえばのはなし をしようよ」







全ては例えばの話。
実際、今二人はこうして同じ時間に生まれ、同じ道を歩いている。
それは奇跡。
こんなにも嬉しくて、こんなにも幸せで。

だから、たとえばの話。
二人が道を分けるとしたら、それは大きな力が働いて、もうどうしようもなくなったときだけなのだろうと断言出来る。
御互いを必要とし、御互いを大切にし、それでも別れなければならないとしたならば。
その別れすら御互いのものとして、心を繋いだまま離れることができる。
道が分かれても、繋がっていける。
空が繋がっているように、空気が繋がっているように、想いが繋がっている。
何も怖くない。何もいらない。


二人の未来は、同じベクトルを指しているのだか
ら。