それでも






夏が終わる。

日差しから、あのジリジリした焼けるような熱視線が緩み、風には微かに秋の匂いが混じっている。
見上げた空の色に深みが宿って、季節はもう移り変わろうとしていた。
全国大会が、終わった。
これを優勝することを目標と目的とし、辿り着いた季節。
あっけないほど簡単にやってきた幕切れ。劇的ではあったが、同時にそれは今の自分たちの最終地点でもあった。


「おわったね」

「おわったね」


先程から繰り返される言葉はただこの一言で、その最後の瞬間が思い出されては涙が滲む。
自分の中に今有る全てを出し切り掴んだもの。その、意味。
果たして、このことにどれだけの意味があり、どれだけの価値があるのか。きっとそれは僕らにしかわからない。
惚けた頭には『燃え尽きた』という感じだけが残っている。

帰り道の途中にある小さな公園。みんなと一頻り健闘を讃えあってから別れ、二人きりでやってきたこの場所にはこれまでの思い出が数多く残っている。
初めてダブルスを組んだ時、誰にも言わずに此処へやってきて練習したり。
何かある度にやってきては、小さな思いを確かめ合った。

泣いたり。
笑ったり。
口付けをしたり。
抱き合ったり。

胸を締め付ける思いのうち、大半はここから産まれていたかもしれない。
そんな、二人だけの思い出の場所。
その公園の中にあるぶらんこに、英二は立ち乗りで、僕は腰掛けて。ゆっくりと漕いでは二人で同じ言葉を繰り返す。
前後に振られる度にキィ、と、小さくきしんだ音を立てて揺れるぶらんこ。頼りなくゆれるのは、まるで今の僕らみたいだ。
全てをかけてきたと言っても良い。それが夢だったから。必死になって足掻いて、もがいて、果てに掴んだもの。目には見えない輝き。でもそれは、掴んだと思った瞬間に『素晴らしい思い出』に変わってしまった。
だから、僕らは繰り返す。

「おわったね」
「おわったね」

切なさが夕闇と共に心の中を満たしていく。でも、それは消して苦しいだけのものじゃなく、どこかに安堵と喜びを隠し持っていた。
「よっ……、と」
ガシャン。と、大きく鎖の揺らぐ音がした。隣のぶらんこに立って乗っていた英二が反動を付けてポーンと前に大きく飛んだ。その身体は軽々と柵を飛び越え、着地する。
手を水平に上げて、顔だけでこちらを向いてニッと笑った。
「さぁ、菊丸英二選手、着地成功です!……得点は?」
「……10てん、10てん、10てん、10てん……、パーフェクトです!菊丸英二選手、見事10点満点を獲得!」
「やりぃ!」
強請る英二に苦笑しながらも応えると、パチンと指をならして英二が笑った。そして、振り向いて大きく腕を広げる。
「おいで」
その声に、導かれ。
無意識に近い状態で立ち上がり、ゆっくりと歩いて広げられた腕に向かった。
腕の中に収まると、柔らかく抱き締められる。
いつの間にか暮れて薄暗くなった公園。チカチカと瞬いてから、ベンチの傍の電灯に灯りが灯った。静かな住宅街のあちこちで、ぽつりぽつりと灯りが灯り始める。
それがまるで魔法の様で。英二の腕の中から、その様子をぼんやりと見つめていた。
「まだまだ、これからだよな」
優しく、耳元に囁かれる声。
「うん」
小さく返答して目を閉じる。
「ここが、終わりじゃない」
まるで自分に言い聞かせるようにも聞こえる英二の言葉。
「うん、終わりじゃない。ここは、中間地点だね。僕らはまだまだ行ける」
その背中を押せれば良い。僕の、この声で。
抱き締め返すと、一層腕に力が篭る。ふわり、通り過ぎた風に英二の汗の匂いがした。

終わったけれど、此処が本当の最終地点じゃない。
少し切ないのは、夢が叶ったからなのかもしれない。
目的とした地点に辿り着いてしまったからなのかもしれない。

「行こう、不二」
「行こう、英二」

『行けるとこまで二人で行こうよ』

僕らは歩き出す。
夢は1つじゃないから。
望みは1つじゃないから。
全ての望みは叶わないと知っているけれど、諦めたくなんかない。




いつだって終わりは来る。

それでも。

僕らは歩き出す。