まっすぐ





家に誰も居ない時には必ず彼が泊まりに来る様になったのは何時だったろうか。
泊まりに来た彼と百済ない話をしながら背を預け、後ろから抱かれる其の温かさに目を臥せる。
耳元で囁く声、緩く指を絡めた手、身体で感じる体温。
其れら全てが自分達の幸せの象徴で、思う気持ちの全てが無意識に表わされる物だった。
一体何時からこんなに彼の事を好きになったのだろうかと、考えても仕方の無い事を考え、絡めて居た指先に少しだけ力を入れると彼が笑いながら抱き締めて来る。
「…何?」
「何でも?唯、好きだなーって思っただけ」
後ろから柔らかく抱き締めて来る其の温かさが擽ぐったくて、身を捩り彼の方に向き直ろうとした刹那、抱き締められている腕に力が込められ独白の様な告白を聞かされた。
耳元で囁かれた其の声は先刻迄の笑みなど少しも含んではおらず、其の声の静かな響きに身動きが取れなくなる。
真直ぐに向けられる彼の気持ち、其れは今までに何度も伝えられて来たものだったけれど、一度として同じ響きで伝えられた事は無い。
目に見えない速度で変化を続ける自分達、其れは勿論、抱える感情だとて同じで、変わらない事を望み変わる事を恐れながらも変化して尚募る気持ちを伝えるのだ。
伝えられた彼の気持ちに連動し、自分も又彼へ向ける感情が募るのを感じる。
抱き締められた腕の力は緩められる事は無く、腕の中に居る自分を確かめる様に首筋に鼻先を埋め何度も名を呼ぶ彼に大人しく身を預け、目を瞑る。
彼の声に応える事をせずに、大人しく腕の中に居るのは、そうした方が自分の気持ちがちゃんと彼に伝わる気がしたからに過ぎず、又、何時もそうするとは限らなかった。
時に同じ様に言葉を返し、抱き締めて、指を絡め、口付ける。
其の時々で自分達の伝え方は異なり、其れでも伝えたい気持ちは何時も真直ぐに相手を思う物だった。






「不二」
不意に名を呼ばれ、閉じていた目蓋を持ち上げ彼の方へ向き直る。
目を細め、こちらを見詰める彼と視線が絡んだ刹那、余りにも優しい其の視線に彼の気持ちを感じ取った。
真直ぐに向けられる視線に自分の其れを合わせながら、嗚呼やっぱり好きだな、と改めて感じた瞬間に此の気持ちも全部彼に知られて居るのだろうと思うと、どうしてなのか突然に其れが恥ずかしくなって思わず俯いた。
きっと全部知られている。
自分の思いが伝わって欲しいと感じて居た筈なのに、其れを知られていると思ったら恥ずかしいと思うなんて変だとは解っているのだけれど、自分の意思とは裏腹に頬が熱くなった。
「…不〜二?どした?」
「……何でも無い」
目を逸らし俯いた自分を訝しく思ったのだろう彼が掛けた声に鼓動が跳ね上がり、増々頬が熱くなって行くのを感じながら、誤魔化しの言葉を紡いではみた物の、上手く誤魔化せる筈も無く不思議に思ったのだろう彼に顔を覗き込まれる。
余りにも彼の事が好きで真直ぐに顔を見る事が出来ない等と、今更そんな事を言える筈も無く、大きく脈打つ鼓動に増々混乱する。
もう何度も気持ちを伝え、口付け、肌を重ねて来た。
其れなのに、唯好きだからと言う理由で顔も上げられない程に動揺するのは一体どうしてなんだろう。
何時迄も顔を上げる事をしない自分の顔を無理矢理上げさせる事をしない彼が、こちらを覗き込むのを止めて自分が顔を上げるのを待っている。
未だ鼓動は何時もよりも大きな音を立てて居たけれど、僅かに其の速度を落とし落ち着きを取り戻し始め、そっと彼の方を窺い見れば其処には先刻と何ら変わりの無い優しい目でこちらを見る彼と目が合った。
視線が絡んだ瞬間、気付けば抱き締められていて、驚きの余りに一瞬身体が硬直すると其れに気付いたのだろう彼が笑った。
「不二〜キスして?……ダメ?」
「……ダメ、じゃ、ないけど…」
耳元で囁く声は優しく、其の声に強請られる侭に僅かに身を退き、跳ね上がる鼓動をひた隠しにして唇を触れ合わせる。
触れるだけの幼い口付け。
其れでもどうしようも無く乱れる鼓動に、まるで初めてのキスの様だと、そんな事を思った。
夏に比べて随分と短くなった陽が部屋の中に入り込み、窓枠の影を床の上に長く伸ばしている。
陽の当っている場所と影になっている場所の温度の違いを床に付いた掌で感じながら、呼吸の合間に僅かに離れた唇を再度触れ合わせれば、緩やかに抱き寄せられて髪を撫でられた。