スコール





紅茶の入ったカップを口から離しテーブル代わりのトレーに置きながら不二の様子を伺うと、視線に気付いた不二が読んでいた本から顔をあげて微笑んだ。
付き合うようになってからはまだ僅かな時間しか経っていなのに、それまでとは比べられないくらいに毎日毎日好きになっていく。
以前は自分の中に気持ちを抑えておくことが出来たのに、気持ちが通じたと判った瞬間から、どうにかなるんじゃないかと思えるくらいに好きで堪らない。
「雨降りそうだね」
そう言われるまで、不二から視線を外していなかった事に気付いた。
声に反応するように窓の外を見ると、開けられたままのブラインドの向こうには濃い灰色の空が低いところに広がっている。
「ホントだ」
それまで溜め込んできた水分を抱えきれなくなり、今にも雨となって落ちてきそうな暗く重そうな飽和状態の雲。
窓に近寄ってそれを眺めていると、不二も同じように窓辺に立ち同じ雲を眺める。
近づいた自分との距離。
狭い部室で着替える際には同じくらいに近づくこともある。
けれど、ここは不二の部屋で、そして今此処には二人。
何故だか判らないけれど急に二人きりだと意識してしまうと、どうしたらいいのか分からないくらいの感情に動揺してしまう。
「あ、降って来たよ」
なにをするわけでもなく眺めていた雲は、何かの均衡が突然崩れたように大粒の雨を落としてくる。
家の前のアスファルトはみるみる黒さを増し、窓ガラスにぶつかり流れる雨は激しい音を立てていた。
絶え間無く流れる雨は、いつの間にかガラスの向こうの景色を、不鮮明な模様へと変えていく。
その不鮮明さが、一層二人きりなのだと付きつけて来るようだ。
何度も見たことのある突然の雨に心を揺さぶられたような気がした。
「不二」
気付けば彼の名を呼んでいた。
「なに?」
まっすぐ向けられる視線。
「キスしていい?」
今まで何度も考えては言えなかった言葉。
何処かで否定される事を恐れて、同時に彼も同じ事を考えているかも知れないと。
驚いたように見えた不二の顔が、初めてみるような嬉しそうな恥ずかしそうな顔に変わるのは一瞬だった。
頬に掌を当てると、心臓の音が聞こえる。
「うん」
外の見えない窓にブラインドを下ろた音が合図かのようだった。



相変わらず激しい雨はガラスを叩き、心臓の音が耳鳴りのようにする。
それなのに、息を止め唇が重なった一瞬が何故か今までで経験した中で、一番静かな時間のような気がした。