甘いことば





どうして欲しても埋まらないのだろう?
考えながら頬杖をつき、ぼんやりと空を見上げた。
退屈な授業中、小さな窓から見える小さな空は晴れているのに曇って見える。汚れた窓ガラスのせいだけじゃなく、きっと自分の瞳も曇っているからに違いない。そう思い当たって小さく溜息をついた。
黒板には無意味としか思えない文字が羅列され、カリカリとそれをノートに書き写す音が教室内を満たす。それにどれくらい重要な意味があるのか解らず、もういちど小さく溜息を吐いた。
指先でシャープペンシルをくるりと廻し、真っ白なまま開かれているノートに目を落とす。けれど、皆と同じように黒板の文字を写し取る気分にはなれなかった。
誰も彼もが必死な訳ではなく、何となく受けているとしか感じられない授業に欠伸を噛み殺しながらちらりと英二に視線を走らせると、ほんの少し前の席に居る彼の丸めた背中が視界に入った。
彼もまた退屈そうに黒板を眺めながら適当にノートを取っている。
その後ろ姿を見詰めながら、この退屈な時間を何とか紛らわす。
一刻も早く休み時間になり、英二の傍に行けるのを待ちわびながら。





「あのさ、不二、さっきの授業中ずっと俺観てなかった?」
チャイムがなってやってきた英二は開口一番そんなことを言ってニンマリと笑った。
隣の席が空いたのを見てその椅子を引き摺り、すぐ隣に座った英二が、僕の机に腕を載せて頬杖を付く。
「なーんかさ、後ろから視線感じたような気がしたんだよね。だからさ、不二が俺を見てたのかなって思って」
その言葉に、自然に笑みが零れる。
「うん、……見てた」
照れたようにして鼻の頭を掻いて笑うその姿に小さく言って笑えば、やっぱりね、と、彼も笑った。
「つまんなかったね〜、あの先生さ、どうしてあんなかったるそうに授業やんのかな」
「まぁ、受けてるこっちも怠そうに受けてるんだろうけどね」
「最近は塾先行だもんね。でもさ、あんな風に教えられても頭になんか入らないっつーの。もっと面白い授業やってくんないかなぁ〜」
そう言って頬杖を付いたままで不貞腐れた表情を見せる英二に、にっこりと笑いかけた。

「まぁ、英二見てれば時間なんかすぐに経っちゃうんだけどね」

その一言で見事、英二は固まって。それを見て我慢しきれず吹き出した僕に、増々口唇を尖らせる。
「不二は狡い!……俺も不二の後ろがよかったな」
頬杖を解いて机に伏した英二が本当に悔しそうに呟いた。赤みがかった癖っ毛が、さらりと落ちる。つん、と引っ張ると、ふにゃりとしたままで顔だけがこちらを向いた。
「不二を見ていたいのにな」
ぽそり。囁きとも呟きとも言えない英二の小さな声に、嬉しさが溢れる。




あの退屈な時間がくれたのは、この優しくて愛しい時間。

そして、教えてくれる。



視線もまた、言葉の替わりなのだと。




「不二……、あのさ……」


そうやって。
耳元に囁く声が。


廻された腕が。

重なる口唇が。

僕を好きだと伝えている。






英二の全てが、甘いことば。