さよならのためのキス |
|
日曜の昼下がり、珍しく部活は無い。グラウンドとコートの修正とかなんとかで、学校自体が日曜全日全面的に立ち入り禁止になってしまった為だ。 ぽっかり空いた時間に英二を誘って何処かへ行こうか、と考えなかった訳じゃない。けれど何か目的がある訳でもなく、疲れるだけの人混みの中に出かけるメリットも見出せずに部屋でCDをかけながら読みかけだった本を捲っていた、そんな矢先のこと。 軽快な着信音と共に届いたメールは彼からもので、内容は至ってシンプルに一言。 『今から行くよ』 約束をしていた訳でもないけれど、何となく予感めいて彼が来る事は解っていた。案の定、という感じがして独りほくそ笑むと、間を置かず、すぐに来訪を告げるチャイムが鳴らされて。慌てて玄関を開けると、今しがたメールをくれたばかりの彼が満面の笑みでそこに立っていた。 「来たよ」 「……って、どっからメールしたんだい?随分と早かったんじゃない?」 「うん、ココからメールした」 英二が指差したのは、今、彼が立つその場所で。 その手には良く行くレンタルビデオ屋の青い袋が抱えられていて、取り出した何枚かのDVDは、いつもの彼ならば余り選びそうにないものばかりだった。 母さんと姉さんは揃って買い物に出かけた。女性の買い物は時間がかかるのが相場で、多分というより絶対に夕方までは帰ってこない。 幾分かいつもより静かな家の中へ招き入れると、英二は『おじゃましまーす』と小さく行言って上がり、居間の床にぺたりと座った。コンビニから買い込んだと言うビニール袋の中からポテトチップスを出して袋を開ける。 そんな彼を横目に、DVDの中の一枚をプレイヤーにセットした。 「コレでいい?」 「うん、何でも良い」 「珍しいもの選んだんだね」 「タマにはいいんじゃないかなぁって。感動作品ってのも」 ぱりん、軽い音をたてて英二の口元で一枚、薄いチップスが割れる。 「ふぅん。まぁ、何でもイイけど……」 言いながら英二の隣に座ってポテトチップスに手を延ばした。そして、画面に現れた青い空と流れ出るメロディと、触れ合った肘と肩の温もりに意識を集中する。 淡々とストーリーは進んでいく。 良くある、と言ってしまえばそれなりの、ありきたりな物語だった。けれど、感動『名作』の呼び名は伊達じゃなく、ちょっとした言い回しや表情が胸を打つ。 開けたポットチップスは、減らないまま僕らの間に置かれ、冷たかったペットボトルの表面からは水滴が流れ落ちて水溜まりを作っていた。 物語は佳境に入り、音楽がクライマックスをどんどんと盛り上げていく。 それは、感動的な名場面。 小さな女の子が亡くなった母親の頬にそっと口づける。 その行為は廻りの人たちの涙を誘い、一気に悲しみに包まれる。そんなシーンだった。 見ているこちら側も目を奪われ、思わず目の奥につんと痛みが走る。 「やだね」 黙ったまま真剣な顔でじっと画面をみつめていた英二がぼそりと呟いた。その声に英二を見れば、彼の視線は前に向けられたまま、無表情にも取れる表情で画面を見つめている。 真意が読みとり切れずに英二を見つめると、苦笑いを浮かべた英二がこちらを向いた。 少し言淀んだ後に、いきなり強い力で引き寄せられ、その腕の中に抱き締められる。 「英二?」 驚いて上擦った声で彼の名を呼ぶと、へへへ、と、苦笑じみた笑いが届いて。 そして、ポツリ。彼の本音が零れる。 「…………」 その呟きが、その響きがあまりにも弱々しくて。普段には見えない彼の一面に触れ、不覚にも息が止まりそうな程にときめいた。 顔を上げるとその瞳と出会い。おずおずと近付く口唇が重なる。 遠慮がちだった口付けは重ねるごとに深さを増し、御互いの呼吸を止めてしまうかの様に長い長い接吻になる。 画面にはエンドロール。僕たちの口付けは終わらない。 「さよならのためのキスなんかしたくないね」 でも、キスで息が止まるのはいいかもしれない。 |