笑って |
不意に、意識が急上昇した。 心地よい暖かさと倦怠感に包まれていた身体から切り離されたように、眠りはすんなりと消えていって。ぼやけた頭は、数秒かけて開いた瞳が何を捕らえたのかを知る。 「……不二?」 疑問系で呼びかけると、彼は、微笑って。 優しく、柔らかく、微笑って。 その姿は、窓を通しても透明な月の光に包まれていて。 まるで彼が幸せの象徴のように見える。 思えば、不二は何時も微笑っていた。 教室でも、部活でも。その、人懐こくて当たりの良さそうな笑顔は殆ど崩れることはなく、だからこそ不二周助という人物を特徴づけ印象深いものに、そしてミステリアスなものにしていたのだけれど。 そこに浮かんでいたのは、造られた笑顔。 意図的に細められた目と両端にほんのりと引き上げられた口唇。見るものが安心するような『笑顔』を、彼は周囲に振りまいていて。 けれど、それは心からの微笑みでは、なく。 それは、ほんの少しだけ自分を哀しい気持ちにさせたけれど。でも。 今、此処にある笑顔は、違う。 本当の不二。心と重なる、まぎれも無く素直な感情のままの表情。 こんな不二の笑顔は俺だけしか見たことはないのではないかと、そんなことをうっすらと考えながら見つめる。 誰にも見せない不二を、俺だけが知っている。そんな優越感にも似た感情は、名付けるなら独占欲とでも言うんだろうか? 皆に見せたいとも思い、独り占めしていたいとも思う。 その笑顔を見詰めていると、髪を撫でられていた手が止まり。 「ごめん、起こしちゃった?」 囁くくらいに小さな不二の声が振ってきた。 それに目を細めて答えると、ゆっくりとした動作で不二から口唇を重ねられた。 彼の髪に指を差し入れて離れないようにと願い、柔らかく、優しく、……長く。 永遠に、こうして居たいと思いながら終わらない口付けを交わす。 未だ衣服を身に着けないままの身体はまたすぐに熱くなり。自分がどれだけ貪欲なのか少しの嫌悪感を感じながらも、止める事は出来ない。 いくら求めても、いくら求められても足りなくて。 その熱は、彼だからこそ沸き上がるのだといつだって思い知らされる。 触れたいのは、不二だから。 もっと知りたい。 もっと欲しい。 なんて我侭なのだろう。 「ん……、えいじ……」 重なった口唇がほんの少しずれて、甘い吐息が漏れ。その声が背中を撫で上げるかのように感情を昂らせて、口付けを一層激しいものへと変化させていく。 今ではもう数える事も無くなった接吻の回数。だけど、キスをする度に沸き上がる感情は初めて口唇を重ねたときと変わらないままで、それどころが募る愛しさは増すばかり。 きっとこれからも、それは変わらない。 触れ合う肌の温かさ。そこから発生する刹那という感情は、不二以外の誰も俺から引き出す事は出来ない。 ただ、好きだから。 それだけのことで、世界が全て変わってしまう。 「不二、……好きだよ」 離れないままの口唇の下で呟けば、小さく『僕も』と返されて。再度、深く深く口付けられる。 体制を入れ替えると、見下ろした不二が嬉しそうに微笑んでいて。 それが、とても幸せそうで。嬉しくなって。 その笑顔を見詰めながら、きっと今、自分も同じ表情をしているな、そう気付いたらそれだけでどんどん心が満たされていくような気がした。 ねぇ、不二。 できるなら、いつだってそんな風に笑っていて欲しいよ。 その優しい瞳が、たまらなく好きなんだ。 ずっとこうやって、一緒に歩いていこう。手を、心を繋いで。 言葉で、態度で、伝え合おう。御互いの想いを。 だから、ねぇ。 俺の傍で。 ずっと、笑っていて。 |