空回り |
天を覆う厚い雲、其の色は酷く淀み、其れなのに更に高い位置に在る雲を透けさせて色の濃淡を変えて見せている。 徐々に強さを増して行く風に木々の枝が翻弄されるままに撓るのを眺めながら、夏も終わりなのだと改めて感じた。 風圧に耐えきれずに枝から葉が千切り取られ、アスファルトの上に落とされるのを電線の合間を通り抜ける風が嘲笑う。 台風が近付いていると朝のニュースでやって居た様に思うが、自分は特にする事も無く強くなる風を見るだけだった。 「風、すげー事になって来てんね」 「雨は未だ降ってないから大した事無いんじゃない?」 今にも雨を降らせそうな空を窓越しに見上げ、適当に答えを返すと一段と強く吹いた風が窓を叩く。 嵐の夜に一人で居るのは淋しいだろうと、半ば強引に泊まりに来た彼が後ろから身体を包む様に出窓に手を突いて硝子越しに空を見上げた。 増々強くなって行く風圧に窓硝子が揺れる。 其の耳障りな音に眉を顰め、其れとは正反対に温かい彼の体温に、どうしてなのかいたたまれ無さを感じた。 降りそうで降らな雨に、どうせ家から出ないのだから雨が降ろうが降らなかろうが関係無いと直に興味を無くし、部屋の中央に戻って行く彼の背を眺め僅かに感じる淋しさに自分は一体どうしたのだろうと、そんな事を思う。 一緒に居られる事が嬉しく無い訳が無い。 其れでも、心の中に常に在り続ける不安は時折こうして顔を覗かせては深く感情を乱して行く。 手に入れた温かさ、其れを失う恐怖。 そんな不安は誰にだって在ると言う事だって解っていたし、考えても仕方の無い事だと解っていても、起こっても居ない其の未来の事を思っては沈む気持ちをどうする事も出来ない。 何時もそんな事を考えている訳では勿論無かったけれど、幸せだと感じる今が在るからこそ見えない未来に不安に思うのをどうか許して欲しい。 世間から外れた秘密の恋、自分達が思い合う気持ちを外に出せない分、ひた隠しにする其の思いを全て自分達に向ける事で根底に在る其の不安から目を逸らせて居る様にも感じる。 けしてそうでは無い事くらい自分にも良く解っていて、其れなのに不意に浮かび上がる不安は、今が幸せであるからだと言う事も良く解っているのだ。 唯、此の侭の幸せが何時迄も続くと言う保証は何処にも無く、又其れが無邪気に信じられる程子供でも無かった。 ずっと此の侭で居られたら良いのに。 そうは思えども、自分1人だけではどうにもならない二人の関係の行く先に感じるジレンマ。 何時か必ず離れなくてはいけない時が来る。 そんな事など考えたくも無いのに、そうなる事が恐くて、恐いから余計に何度も何度も繰り返し考えてしまうのだ。 もしも、恐れて居た時がやって来ても取り乱したりしない様に。 其れは薄っぺらい自尊心なのか、彼を困らせる様な事をしたく無いのか、其のどちらなのかは解らなかったけれど未だ起こっても居ない現実に胸は痛む。 好きなのに、其れ故に解決など出来ない問題に感情が空回りを続ける。 もっと幼い子供の様に、此の気持ちが永遠に続くと信じられたなら。 もっと大人になって、割り切る事が出来たのなら。 そうは思えども自分はもう幼い子供でも無く、未だ大人でも無かった。 未だ何も起こってはいないと言うのに痛む胸に泣きたくなりながらも、同時に今の幸せを改めて感じる事になる。 込み上げる切なさを堪えながら未だ動く事が出来ない窓辺から再度硝子越しに空を見上げれば、落ちる涙の代わりに大粒の雨が降り出した。 激しい音を立て降る雨に強張る気持ちを何とかしようと大きく息を吐き、目を瞑る。 未だ起こってもいない事を考えても仕方が無い。 胸は未だ痛んだけれど沸き上がる不安を捻じ伏せ、漸くの思いで窓から視線を外し何事も無かったかの様に振り返れば黙ってこちらを見詰める彼と目が合った。 今まで感じていた恐怖と不安を見透かす様な其の視線に、目を逸らす事も誤魔化す事も出来ず立ち尽くせば一層強く吹き付ける風が窓を叩き、地面を打ち付ける激しい雨音だけが部屋の中に響いて居た。 |
| Next 11.悲しい日 |